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赤城の史跡

赤城の史跡

「あかぎ風ライン」に点在する名所旧跡を紹介するコンテンツです。七不思議伝説のある珊瑚寺をはじめとする由緒正しい神社仏閣、城跡などなど… ここにくれば、例えば「上泉伊勢守の足跡をたどって」などと、歴史散歩に出かけたくなるコンテンツにしていきます。

不動山城 特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡6

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

不動山城(ふどうやまじよう)二城(にじよう)見立城(みたちじよう)

 白井長尾氏に仕えた見立権太郎の築城と伝えられます。(天文(1532~55年)の頃)南北190m、東西280mの規模です。
 永正6(1509)年6月、関東管領上杉憲房に追われ、白井城主長尾(ながお)伊玄(いげん)入道(景春(かげはる))が不動山城に難を逃れたと伝えられますが、上記の築城時期と合わないこと、近年の研究で景春は白井城に在城しなかったことなどから、伝説と考えられます。
 天正7年12月、武田氏は城主河田重親を従属させ、沼田地域への攻勢を強めていきました。

城マップ

津久田城 特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡5

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

津久田城(つくだじよう)

 築城年代ははっきりしません。永禄年間(1558~1570)に津久田地衆によって築かれたともいわれています。土地改良により、遺構はかなり破壊されていますが、南北140m、東西300mの規模です。 続きを読む…

長井坂城/棚下の砦 特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡3/4

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

長井坂城(ながいさかじよう)

長井坂城1この城で、あるときは沼田の境目城(さかいめじよう)、あるときは白井の境目城となり、数度の激戦が展開されました。
 永禄年間(1558~)はじめに長尾(ながお)景虎(かげとら)(後の上杉謙信)により、築城されたといわれます。また、小田原北条(ほうじよう)方だった白井長尾氏が支配していた時期があり、北条流の築城技術が見られるといいます。 続きを読む…

白井城  特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡2

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

白井城(しろいじよう)

吾妻川を利用した自然の要害

  利根川と吾妻川の合流地点、吾妻川に面した断崖上に築かれています。総構は東西800m、南北1,000mの規模で、当然ですが、渋川市内で最も巨大な城跡です。(赤城山麓の城ではありませんが、重要な城跡のため紹介します。) 続きを読む…

沼田城(倉内城・霞城)  特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡1

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

沼田城(倉内城・霞城)

真田氏の沼田領支配の拠点。北条家を滅亡に追いやった策略の舞台
沼田城1戦国時代から江戸時代にかけての平山城。利根川と薄根川の合流点、河岸段丘の台地上に築かれています。北と西の二つの川側は70mほどの崖になっていて、敵からの防御に向いています。

 築城については「加沢記」によると、桓武平氏の子孫の沼田景泰(かげやす)が築造したといいます。また、沼田顕泰(あきやす)が享禄3(1530)年から天文元(1532)年まで築城したといわれます。
 梯郭式の崖端城で東西800m、南北750mの総郭があります。 続きを読む…

五覧田城  特集・赤城山南麓の城跡

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

上杉・北条が欲しがった、交通の要衝

渡良瀬渓谷沿いを見下ろす五覧田城築城年代は定かではない。
五覧田城は、赤城山の東北を沼田方面から黒川谷(渡良瀬渓谷)に通じる根利道(ねりみち 現在でいえば群馬県道62号沼田大間々線)の要衝。周辺では松嶋氏が砦を築き、拠点としていた。現在の山頂に見られる大掛かりな城跡は、戦国時代の後半に、由良氏(東群馬の大勢力)や阿久沢氏(黒川谷の筆頭勢力)が整備した姿だ。
由良氏、阿久沢氏の領有に加え、越後から侵攻した上杉謙信や、一時は真田勢のものとなることもあった。

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