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沼田城(倉内城・霞城)  特集・真田氏ゆかりの赤城山麓の城跡1

特集, 赤城の史跡 2015.02.18(水)

沼田城(倉内城・霞城)

真田氏の沼田領支配の拠点。北条家を滅亡に追いやった策略の舞台
沼田城1戦国時代から江戸時代にかけての平山城。利根川と薄根川の合流点、河岸段丘の台地上に築かれています。北と西の二つの川側は70mほどの崖になっていて、敵からの防御に向いています。

 築城については「加沢記」によると、桓武平氏の子孫の沼田景泰(かげやす)が築造したといいます。また、沼田顕泰(あきやす)が享禄3(1530)年から天文元(1532)年まで築城したといわれます。
 梯郭式の崖端城で東西800m、南北750mの総郭があります。

 永禄3(1560)年、上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)の関東出陣の時、沼田城の小田原北条(ほうじよう)方の武士たちが敗れ、沼田顕泰をはじめ沼田衆は上杉氏に従いました。以後、沼田城は上杉氏の関東進出の拠点となり、厩橋城(まやばしじよう)(前橋)の北条(きたじよう)高広とともに、上野(こうずけ)の上杉氏支配の中心となりました。
沼田城2
 天正8(1580)年北条(ほうじよう)方の藤田(ふじた)信吉(のぶよし)が、真田(さなだ)昌幸(まさゆき)の策略で武田氏に降り、5月昌幸が沼田城に入城しました。天正10(1582)年武田氏が滅亡し、織田信長の家臣滝川(たきがわ)一益(かずます)が上野に入り、沼田城の支配は滝川氏に移りましたが、同年6月本能寺の変によって滝川氏が上野を去ると、再び真田氏が支配しました。

 関東すべての支配を主張する北条(ほうじよう)氏政(うじまさ)と吾妻、利根(沼田を含む)を支配している真田昌幸は対立し、天下平定を目指す豊臣秀吉が仲裁することになります。
天正17(1589)年、利根川を境に、東の沼田城は北条氏のもの、西の名胡桃城(なぐるみじよう)は真田氏のものと決定されます。沼田城は北条氏の家臣猪俣(いのまた)邦憲(くにのり)が城主となりますが、猪俣は約束を破り名胡桃城を奪ったことから秀吉の怒りをかい、翌天正18年北条氏滅亡の原因になりました。(このことを題材に作家の伊東潤氏が「城を噛ませた男」という小説を書いています。)

 天正18(1590)年徳川家康が関東に入部した際、秀吉の申し入れがあり、沼田城は真田昌幸にかえされ、長男信幸(のぶゆき)が城主となりました。慶長5(1600)年関ヶ原合戦で、真田昌幸と次男信繁(のぶしげ)幸村(ゆきむら)のこと、幸村は江戸時代につけられた架空の名前)は西軍に、信幸は東軍に分かれました。「犬伏(いぬぶし)の別れ」の後、昌幸・信繁親子が沼田城に立ち寄り、信幸の妻小松姫(こまつひめ)から「たとえ、舅であっても敵である」といわれ、入城を断られ、後に小松姫が子どもを連れて昌幸のもとを訪れ、舅の願いを叶えたという話は有名です。昌幸が没落した後、上田・沼田などの真田氏領は信之(のぶゆき)(信幸から改名)が継承し、沼田城は信之の長男信吉(のぶよし)が城主となり、以後、熊之助(信吉長男)、信政(信吉の弟)、信利(のぶとし)(信吉次男)と続き、天和元(1681)年、信利の代に暴政と両国橋架け替えの用材調達の遅延を理由に改易され、沼田藩は廃藩になります。その後、城は破壊され、堀も埋められました。
沼田城3

現地情報(西倉内町594)

沼田城 沼田公園 本丸跡と二の丸跡は沼田公園(駐車場やトイレだけでなく、野球グランドやテニスコートまである)として、広く市民から愛されている。また、沼田小学校や沼田女子高等学校の敷地も、沼田城の一部を利用している。本丸には五層の天守閣があったとされるが、江戸幕府の命により破壊され、本丸北側の西櫓台の石垣と石段本丸跡が当時の名残が残っている。また、本丸跡には鐘楼が建設され、真田信吉が鋳造させた鐘(市民には「時鐘:ときのかね」として親しまれているらしい)が釣り下げられている。

沼田城平八石 捨曲輪跡には、城主沼田顕泰の側室の子、沼田平八郎景義の首級を載せた石とされる、「平八石」と呼ばれる石がある。平八郎は勇猛な武将で、沼田一族の争いに巻き込まれ一時は会津に逃れたが、沼田城奪還のため挙兵し沼田に迫った。しかし、平八郎を恐れた真田昌幸は謀略により平八郎を討ち取り、その首をこの石の上に置いた。亡骸は小沢城内に埋められ、首はここからそこまで飛んで行ったという伝説がある。
 敷地内には、国指定重要文化財である旧生方家住宅や国登録有形文化財である旧土岐邸洋館が移築され有料で見学することができる。

 現在、沼田市は2016年放送が決定した「真田丸」にちなみ、真田氏と関係の深い文化財の紹介に力を入れている。その一環で、公園内に写真のような立て看板がある。これは、戦国無双4(PS3、PS Vita、PS4)に登場する真田信之や小松姫(稲姫)のイラストを利用したコラボレーション看板となっている。

城マップ
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